サステナブル・シッピング・イニシアチブ部門長 エリザベス・プティ・ゴンザレス氏、アンドレア・ミュー氏。脱炭素鉄鋼で循環型事業へ
3月13―15日、シンガポールで行われる国際海事展「アジア・パシフィック・マリタイム」(APM)。同展は隔年開催で、企業・団体による展示のほか、海事業界が直面する諸課題に対し、関係者らが議論するさまざまなセッションから構成される。これらに登壇予定の、海運業の持続可能性の推進を目的とした国際的なイニシアチブ「サステナブル・シッピング・イニシアチブ」(SSI)のエリザベス・プティ・ゴンザレス部門長(パートナーシップ担当)とアンドレア・ミュー部門長(脱炭素担当)にSSIの取り組みについて聞いた。(神頭久)
――SSIの主要な取り組み、プロジェクト概要は。
「われわれの活動は、海洋、地域社会、人々、透明性、金融、エネルギー―の六つの鍵となる領域を基に策定した『持続可能な海運産業へのロードマップ』に基づく。海運における持続可能性の実現に向け、体系的な見解の下にこれらを推進する」
「直近の3年間では、寿命を終えた船舶の鉄スクラップ、船員の福利厚生、持続可能な船舶燃料、グリーン輸送回廊などのトピックに取り組んでいる」
「鉄スクラップに関しては、利用の最適化のみにとどまらず、グリーンスチール(GHG〈温室効果ガス〉の排出が少ない手法で生産された鉄鋼)の需要部門として機能させ、同時にスコープ3(自社以外のGHG排出量)を削減することで、海運産業の循環型ビジネスモデルへの移行を推進する」
「船員の権利、福利厚生については、船主、運航会社、用船者が、これらの達成度合いを把握できる行動規範および自己評価アンケートの作成を行う」
「船舶燃料の持続可能性については、コスト、供給力、実現可能性に加え、環境、社会、社会経済的基準を基に、燃料に関する議論において考慮すべき15の項目を明らかにすることができた」
「グリーン輸送回廊に関しては、回廊がもたらす社会経済的な利益について、マースクゼロカーボンシッピング研究所(MMMCZCS)、国連グローバル・コンパクト(UNGC)と共同で出版物を発行した。これらの将来性について焦点を当てながら、公正かつ公平な回廊への移行を実証している」
「APMでは、これらの回廊の発展と成功のために、政策と規制の円滑化、技術統合、利害関係者間の協力の必要性について、業界関係者と意見を交わす予定だ」
■日本が重要な役割
――SSIのメンバーになることで創出される価値と、日本のメンバーのメリットは。
「日本の海事産業は国家にとって重要な分野であると同時に、国際貿易の原動力となっている。造船業界の先導者として、日本は高度な技術と高品質な船舶の建造力で知られている。デジタライゼーションにおいては、イノベーションの最前線に位置し、今後数年間は業界における重要な役割を担うだろう」
「日本の企業やステークホルダーがSSIのメンバーとして参加することで、船主、運航会社、用船者、港湾、NGO(非政府組織)など、海事関係者の多様なネットワークとのつながりを通し、イノベーションとコラボレーションを加速させることができるメリットがある。SSIのメンバーは、シンガポール、英国、デンマーク、ドイツ、カナダなどを拠点に、知識の共有と協力のための国際的なコミュニティーを形成している」
■CO2・7億トン削減
――グリーンスチールの採用は、海運業界にどのような影響を与えるか。
「鉄鋼は船舶の重量の75%以上を占め、最も主要な材料だ。しかし、鉄鋼の生産は大量のCO2(二酸化炭素)を排出し、海運業界のスコープ3の主な要因にもなる。船舶燃料など、運航に関わる排出量削減の取り組みに続き、鉄鋼生産におけるCO2削減も脱炭素化への取り組みにおいて焦点となる」
「海運業は鉄鋼の需要部門であるとともに、鉄スクラップの供給部門でもある。鉄スクラップは、鉄鋼の生産において重要な材料でもあり、鉄鋼部門の脱炭素化戦略の一つだ」
「グリーンスチールを採用することで、体化排出量を削減し、海運のスコープ3を削減できるほか、グリーンスチールの鉄スクラップが高価格で取引される見通しから、廃船となった船舶の価値が高まることも期待される。一次資源の採取量が削減できることで、自然景観や生息地の保全、生物多様性の保護にもつながる」
「英船級協会ロイド・レジスターの脱炭素ハブと、英海事系コンサルティング機関UMASによる最近の分析では、国際海運がグリーンスチールを段階的に採用することで、2024年から50年の間に7億7600万トンのCO2累積排出量を削減できることが示された」
「マースクなど一部の海運会社は、すでにグリーンスチールを利用可能にするよう求めている。今治造船からもグリーンスチールを使用した新造船が製造されたことが昨年話題となった。このグリーンスチールは質量バランス法を用いて生産された」
「将来、グリーンスチールに興味を示す造船所や、ゼロエミッション船のみならずグリーンスチールを採用した船舶に関心を持つ船主が増えることを期待している」
「APMでは、グリーンスチールの利用による船舶建造時の排出量削減と、海運業における循環型のビジネスモデルの達成に向け、立ちはだかるさまざまな障壁について掘り下げる予定だ」
「日本は鋼鉄、造船、船主業など全ての分野において重要な国であり、このトピックにおいて大きな影響力を持つ。日本企業と協力し、知識を共有し、将来の船舶にグリーンスチールの普及が実現することを願っている」
――25年6月から発効するシップリサイクル条約について。
「同条約は、船舶にインベントリー(IHM)の保持を義務付けている。IHMは、船舶の構造物や部品に含まれる危険物質のリストを記録した文書であり、船舶の寿命が始まってから解体されるまで保持されなければならない」
「これは、船主、取引場所に関係なく保持することが求められる。船舶が運航する20―30年の間に追跡可能なことを示すものであり、より多くの循環性を確保する上で重要な一歩だ」
「同条約が起草された09年当時は、まだ循環性の原則について議論されることが少なかった。このため条約の発効後、この分野の進展を検証し、循環原則をどのように業界に組み込むかを検討するための改正プロセスが着手されることを期待する」
引用至《日本海事報》 2024年03月06日 デイリー版1面