(1)造船 危機が促す再編。5年で黄信号? 設計連携か

日本の海事・物流業界が、深刻さを増す人手不足に陸・海・空で挑んでいる。造船業は大幅な賃上げなどの対策を加速する一方、危機を引き金に再編機運が再燃。物流分野では港湾、空港、倉庫の各現場で、職場環境改善や生産性向上への取り組みが進む。海運は内航分野で船員の高齢化と働き方改革への対応が焦眉の急となり、外航各社は脱炭素化に向け新燃料船の船員育成を急ぐ。本紙では人材確保に向けた各業界の動きを連載で追う。第1回は造船業界。

「造船現場の人手不足は猛烈なスピードで進む。徐々に深刻化して10年後に難局を迎える、という悠長な話では決してない。直ちに手を打たなければ、5年以内に行き詰まる可能性すらある」

昨年末の自民党外国人労働者等特別委員会。人手不足の現状に関する各産業のヒアリングに、造船業を代表して参加した国内造船所の経営者が危機感をあらわにした。

一連の議論の中で例えば農業では、従事者数が2030年には、現在の約120万人から30万人近くまで激減する可能性が示されたという。平均年齢が70歳に達する現従事者のリタイアが急速に進む一方、15―64歳の生産年齢人口が減る中で新たな人材の確保は容易ではない。

造船所経営者が続ける。

「造船業もベテラン工員の退職が進み、若手の採用は難航している。平均年齢は農業よりはるかに低いが、基本的に同じ構図だ。今動かなければ早晩、同じ道をたどることになる」

ある日本造船所はこうした状況を反映し、自社の現在の建造能力を100とした場合、それを維持できるのはたったの5年先、29年までと想定。次の5年(30―34年)は「うまくいって80、下手をすれば70を切る水準まで落ち込む」と試算する。

別の造船所経営者が厳しい表情で同意する。

「十分あり得る。数字は各社で変わるが、同じ懸念を持っている」

■TSMCと競合

国内造船各社は、受注低迷で操業を落とした10年代後半の造船不況下で人材が流出した。

人手が戻らない中で造船所の再稼働が昨年あった北部九州や瀬戸内では、造船会社間の人材獲得競争が激化。

半導体世界大手・台湾積体電路製造(TSMC)の熊本の新工場など好条件の異業種との競合もあり、人員確保が特に難航している。

コロナ禍で大幅に減った外国人技能者も、円安の逆風もあり従来の陣容には戻っていない。

さらに現場を支える協力工が、大阪万博の建設関連など異業種の需要に引っ張られ、全国的に十分に確保できなくなりつつある。

「造船以外の製造業に人員を奪われている影響が足元では大きい」(国内造船所経営者)

北部九州に工場を構える複数の造船所関係者が名前を挙げるのが、半導体受託生産世界最大手のTSMCだ。

同社は熊本県菊陽町で24年末に巨大工場を本格稼働させる計画で、その立ち上げ人材の採用を進めている。

「TSMCは最新鋭工場の労働環境の良さをPRしつつ、破格の初任給28万円を提示し、優秀な学生の〝青田買い〟を行っている。その条件で若手が大量に採用されれば、地元産業は壊滅的なダメージを受ける。人材が集まらないどころか辞めていってしまう」(九州に工場を持つ造船所関係者)

造船大手の工場立地が集中する北部九州では、半導体産業の集積が加速。TSMCに限らず、造船現場から技術者が同産業に転職してしまう事例が複数社で出ている。

■月3万円賃上げ

造船所も手をこまねいていたわけではない。各社は人材確保へ踏み込んだ対策を進めている。

その柱が、従業員の給与の引き上げだ。

ある国内造船所の経営者が明かす。

「当社では22年度、全社員の給与を一律で月額3万円引き上げた。そのくらいやらないと造船業が、若者の就職先として検討の俎上(そじょう)にすら載らなくなる。以降、離職はピタリと止まった」

同社は今期も月額1万円規模のベースアップを検討しており、大卒初任給の目標額を最低25万円に設定。22年度には外国人技能者も6―7%昇給させ、協力会社の時間単価も引き上げた。

他の大手造船所もそろってほぼ同時期から大幅な賃上げに動いている。各社は給与の引き上げ、労働環境の改善、造船業の魅力発信を三本柱に対策を強化している。

■新分野が呼び水

「人手不足の深刻化が、日本造船所間の連携を促すのは確実だ。人員の手当てが難しくなる中で、艤装期間が長くなる新燃料船の建造が今後増えるなら、協調領域を増やすしかない」

造船各社とつながりが深い邦船関係者が鋭く指摘した。

人手不足という共通の危機を乗り切り、中国・韓国のメガヤードに対抗していくには、日本造船所のさらなる連携・再編が必要ではないか―。

国内造船所関係者の間で実際、こうした議論が熱を帯びている。

「少なくとも船型開発・船体設計については、日本造船業全体で集約を進めるべきだ。人手不足が加速する中、環境規制発効のたび、各社が設計人材と開発費用を投じ、類似のデザインを開発する従来のやり方では限界が来る」(国内造船所経営者)

中小型バルカーなど各社が主力として独自に技術・知見を蓄積している分野では、設計を共通化するハードルは高い。

一方、例えば液化CO2(二酸化炭素)輸送船や浮体式原子力発電バージなどの新規分野であれば、連携して標準船型を開発するメリットを各社が大きく得られる可能性がある。

新規分野での協業を呼び水に、日本造船所同士が設計分野で連携を探る。今、その機運が再び高まっている。

 

引用至《日本海事報》 2024年03月25日デイリー版1面

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