SMTB・政投銀・SBI新生銀、商船三井に移行ローン。海運初、国が利子補給。地銀など11行参加、成果連動型

三井住友信託銀行(SMTB)と日本政策投資銀行(政投銀)、SBI新生銀行は25日、共同アレンジャーとして商船三井向けにシンジケーション方式の「トランジション(移行)リンクローン融資契約」を組成したと発表した。同3社に加えてりそな銀行と住友生命保険、地銀9行が協調融資に参画。経済産業省の「トランジション推進のための成果連動型利子補給制度」を活用し、GHG(温室効果ガス)削減目標の達成度に応じて国が利子を補給し、金利を最大0・2%引き下げる。

経産省の利子補給制度を活用したトランジションリンクローンは海運業界で初めて。今回の融資額は明らかにされていない。

同制度は産業競争力強化法(産強法)に基づき、利下げ原資として、国が日本政策金融公庫を通じ、指定金融機関に対して最長10年間にわたり利子を補給する。

具体的には事業所管大臣の計画認定を受けた事業者に対し、0・1%幅の利下げを実施した上で、計画期間中に目標を達成できた場合、最大0・2%幅まで利下げを行う。

商船三井は3月28日、国土交通相から産強法に基づく事業適応計画の認定を取得している。

今回の融資契約は、商船三井のトランジション戦略と整合したKPI(重要業績評価指標)とサステナビリティ・パフォーマンスターゲット(SPT)を設定し、達成度に応じて金利を引き下げる。第三者評価機関はDNVビジネス・アシュアランス・ジャパン。

SMTB、政投銀、SBI新生銀、りそな銀、住友生命保険とともに協調融資に参加する地銀9行は、池田泉州銀行▽十八親和銀行▽常陽銀行▽東邦銀行▽八十二銀行▽北洋銀行▽北陸銀行▽北海道銀行▽武蔵野銀行。

今回の融資について、政投銀企業金融第4部の山口祐一郎課長は「融資先の商船三井に直接的な経済的メリットを提供でき、海運の脱炭素を後押しする上で大きな一歩となる。SMTB、SBI新生銀の協力なしには実現できなかった」と語る。

SMTB法人企画部の中井敬企画チーム審議役(船舶融資担当)は「われわれファイナンサーと商船三井、経産省が三位一体となり、限られた期間の中で力を合わせて実現できた。船舶ファイナンス市場での金融機関の連携拡大の意義を感じている」と述べる。

SBI新生銀スペシャルティファイナンス部営業推進役の井上みな子氏(船舶ファイナンス担当)は「協調融資の組成に当たり、全国規模の金融機関に声をかけ、海運初の意義のある案件であることを理解してもらった。国の制度を使い、お客さまに経済的メリットを提供できるウィンウィンの案件を実現できた」と話す。

 

引用至《日本海事報》2024年04月26日デイリー版1面

パワーエックス、海上送電加速へ新会社。電気運搬船・バージ併用、26年後半商業運航

パワーエックス、海上送電加速へ新会社。電気運搬船・バージ併用、26年後半商業運航

世界初の電気運搬船の実現などに取り組むスタートアップ企業、パワーエックス(伊藤正裕社長)は23日、電気運搬船を開発・販売する新会社「海上パワーグリッド」を設立したと発表した。初号船「X」(100TEU型)の2026年後半の商業運航開始に向け、同社を通じ海上送電事業を加速させる。同時に電気運搬船よりコストを抑えられ、平水海域に適した電気運搬バージのデザインを新たに公表。船とバージを戦略的に併用し、運用効率と経済性の向上を図る。船舶用蓄電池の量産体制構築もこのほど完了し、電気運搬船の実現をいよいよ射程に捉えた。

海上パワーグリッドは2月9日、パワーエックスが展開してきた船舶・風力発電事業とその専門技術の移管を受け、同社の100%子会社として発足。電気運搬船の開発・保有・販売や同船を用いた海上電力輸送、電力販売、船舶用蓄電池の販売などを手掛ける。代表取締役は伊藤氏が兼務する。

新会社は今後、海運・造船や電力・エネルギー企業などを対象とした第三者割当増資を2段階で実施。初号船の建造費用や設計開発費用、新会社の運転資金を含め「100億円以上の資金を調達する計画」(伊藤社長)だ。

海上パワーグリッドは現在、100TEU型の電気運搬船「Power Ark 100」の初号船「X」の完成に向け、詳細仕様書を作成中。今夏をめどに詳細設計を終え、型式承認や試験運航などを経て、25年前半に受注・建造を開始し、26年後半の竣工・商業運航を目指す。

同船は全長147メートル、幅18・6メートル、喫水6メートルの電気推進船で、船倉にパワーエックス製の20フィートコンテナ型の船舶用蓄電池96本を搭載する。バッテリー容量は240メガワット時と、一般的なEV(電動)内航船が3・5メガワット時であるのに対し超大容量。21年末にパワーエックスへの出資をいち早く決め、電気運搬船の共同開発に乗り出した今治造船が建造する。

海上パワーグリッドはこの「Power Ark」の派生モデルとして23日、短距離で穏やかな平水海域での運用に最適なバージ型電気運搬船「Power Barge」のコンセプトを明らかにした。

「Power Barge」は全長約81メートル、幅30メートル、載貨重量約6000トンの大型バージ。「Power Ark」と同じく20フィートコンテナ型の船舶用蓄電池96本を搭載し、一度に最大240メガワット時の電力を輸送できる。

船体はいかだ形状で瀬戸内海などの波高が低い海域での使用に最適化。「Power Ark」と比べてコスト低減が可能なモデルとして設計された。

同バージは船体の仕様から電気運搬船より建造費用が安く済む。また推進機関を持たずタグボートが曳航するため、配乗が必要な船員はタグボートに5人程度で済み、船員15人で運航する「Power Ark」に比べて運航コストを抑制できる。

海上パワーグリッドは、電気運搬船を水深2000メートルまでの遠距離で波の荒いエリア、電気運搬バージを有義波高1メートル以下の近距離で波の穏やかなエリアと、需要家の用途に応じて併用していく。

「Power Barge」についても「需要家との協議次第だが、26年後半には商業運航を始めたい」(同)考えだ。同船の建造ヤードは「今治造船と協議を進めている」(同)。

またパワーエックスは岡山県玉野市に建設した日本最大級の蓄電池工場「Power Base」でこのほど、船舶用蓄電池の量産体制の構築を終えた。具体的には、コバルト不使用で発火しないLFP電池(リン酸鉄リチウムイオン電池)を使用した船舶用蓄電池モジュールの自動化生産ラインを完成した。

同モジュールは150個を20フィートコンテナ型の船舶用蓄電池に仕立てるため、96本搭載する電気運搬船・バージ1隻当たり1万4400個が必要。これを「年間15―16隻分生産できる体制が整い、25年7月から量産を開始する計画」(同)だ。

伊藤社長は日本海事新聞の取材に対し「船級協会の認証を前提とした生産ラインが完成し、世界でも前例がない舶用LFP蓄電池の量産体制が整ったことは大きな節目だ」と強調。荷主との商談も複数進んでいるといい、「いよいよ電気運搬船を建造・実現するフェーズに入る」と語った。

 

■【解説】洋上風力新市場に照準。海上電力インフラ会社へ

日本近海の洋上風力発電所でつくられた電気を、大型蓄電池を搭載する電気運搬船で陸上に輸送する―。このビジョンを掲げて創業したパワーエックスの電気運搬船事業に強力な追い風が吹いている。

政府が先月12日、洋上風力発電の設置場所を現行の領海内から排他的経済水域(EEZ)に拡大する「再生可能エネルギー海域利用法」の改正案を閣議決定したからだ。

洋上風車を設置可能なエリアが領海内に限られていた日本の洋上風力はこれまで、浮体式で水深300メートルまでの海域への設置を前提に発電量を算出。この結果、国内の洋上風力のポテンシャルは現状、着床式と浮体式を合わせて約550ギガ(ギガは10億)ワットとされている。

法改正に伴い、洋上風車の設置可能な場所がEEZまで拡大。パワーエックスはこれにより、水深300―2000メートルの海域で約2000ギガワットの洋上風力の新市場が生まれると試算する。

しかも、その市場にアクセスできるのは現状、電気運搬船だけだ。

洋上風力と本土を接続する海底ケーブルの敷設は、水深300メートルまでは日本でも一部実績がある。しかし、300メートルより深い海域でのケーブル敷設は現行技術では不可能とされ、実績がない。

洋上風車の設置範囲が水深2000メートルの海域まで広がると、電力需要が特に大きい関東沖と北海道沖、中部沖の風況・風力が特に強い。パワーエックスはここから電気を電気運搬船で陸上に輸送することで、「関東を洋上風力の一大拠点とすることが可能だ」(伊藤正裕社長)とみている。

実際に洋上風力の新市場が立ち上がり、電気運搬船で輸送可能となった場合、陸側の受け入れ体制はどうなるのか。

パワーエックスが想定するのが、廃炉となった火力発電所の活用だ。2030年までに廃炉を決定済みの火力発電所は全国に17カ所あり、廃炉予定を含めるとその数はさらに増える。

廃止された火力発電所はいずれも港湾に隣接しており、石炭船バースなど電気運搬船が寄港できる岸壁が既にある。その上、電気を送る系統線が最大の需要地である市街地に直結されており、ほぼ使われていない。

このため、例えば関東沖に立ち上がる洋上風力から、三浦半島(神奈川県)の火力発電所に電気運搬船で電気を輸送すれば、「東京と首都圏に膨大な電力を低コストで流し込める」(同)。

政府が莫大(ばくだい)な予算を投じて計画している、国内電力各社の管轄エリアをまたぐ「系統間送電」向けケーブル新設の大部分が不要になるというわけだ。

日本では環境対策として、火力発電所を段階的に廃止する計画が進行中。その一方、30年までに太陽光や風力などの再生可能エネルギーが全電源の30%以上を占めると予測されている。

加えて原子力発電所の再稼働が進む中、再エネ由来の電力の過剰供給による出力制限の回数は今後、九州や中国地方を中心にさらに増加する見通しだ。

これらの課題を解決するには、電力需要地と再エネが豊富な地域間の系統接続の強化が不可欠。だが、地域間連系線の整備には莫大な費用と時間が必要になる。

海上パワーグリッドはこうした状況に対し、電気運搬船を水深2000メートルまでの遠距離で波の荒いエリア向け、電気運搬バージを有義波高1メートル以下の近距離で波の穏やかなエリア向けに併用。系統を機動的に補完する新しい送電手段を提供し、「日本の電力インフラの改善に寄与する公共性が高い海上送電会社」(同)を目指す。

 

引用至《日本海事報》2024年04月24日デイリー版1面

欧米国際物流大手、23年業績 大きく悪化。利益指標は高水準

欧米国際物流大手の2023年業績は、大幅な減収減益だった(表)。航空・海上フォワーディングの物量減少、運賃市況の正常化が通年で影響した。コントラクトロジスティクス(CL、物流一括受託)や陸送は一部で底堅さも見られた。業績が落ち込んだとはいえ各社の利益水準は高く、特にフォワーディング大手の利益指標は新型コロナウイルス禍前の19年を大きく上回った。

キューネ・アンド・ナーゲル(KN)など複数の推計によると、23年1―9月のフォワーディング市場の荷動きは海上貨物が3―5%、航空貨物が11%程度、前年同期からそれぞれ減少した。

年後半には海上貨物で回復傾向が見られたが、22年後半からの需要減が一巡したためとする企業もある。経済の減速と世界的な在庫調整が大きく響き、中でも航空貨物の需要が落ち込んだ。秋以降はEC(電子商取引)貨物の出荷増により、中国などアジア発の航空輸送が逼迫(ひっぱく)し運賃が上昇する現象も見られた。

CLや陸送も在庫調整などの影響で振るわなかったが、EC関連やヘルスケア関連は好調に推移した。

フォワーディング大手の利益(営業利益・EBIT〈金利・税引き前利益〉)金額は前年から30―60%落ち込んだのに対し、利益率の減少は緩やかで高い水準を維持した。各社コスト削減やキャパシティーの調整を進めた。

DHLグループの売上高利益率は7・8%(19年は6・5%)。グローバルフォワーディング・フレイト部門では7・4%(同3・4%)と2倍以上に伸長した。KNのコンバージョンレート(粗利益に占める利益の割合)は21・7%(同13・3%)、DSVでは40・4%(同28・0%)だった。DBシェンカーの売上高利益率は5・9%(同3・1%)となっている。

大手の23年決算を個別に見ると、DHLグループのフォワーディング・フレイトのEBITは前年比38%減だった。貨物取扱量は海上貨物が6%減の308・9万TEU、航空貨物が12%減の167・2万トン。

KNのEBITは半減したが、19年の1・8倍の水準。フォワーディングの取扱量は海上貨物が1%減の433・8万TEU、航空貨物が11%減の198・3万トン。海上貨物でアジア―欧州や太平洋航路のシェアを拡大したという。

DSVの特別項目前EBITは30%減。フォワーディングの取扱量は海上貨物が6%減の251・9万TEU、航空貨物が16%減の130・6万トンだった。

DBシェンカーの調整後EBITは39%減だったが、19年比では2倍以上となった。フォワーディングの取扱量は海上貨物が7%減の178・3万TEU、航空貨物が13%減の114・8万トンだった。

アジア発などの取り扱い減少などが響き、UPSではフォワーディングを含むサプライチェーンソリューションの営業利益が50%以上の減少を見せた。15年に買収した陸送仲介事業の不振も重荷になった。

一方で、マースクやシーバロジスティクスを傘下に置くCMA―CGMをはじめ、船社がM&A(合併・買収)により攻勢をかけている。CMA―CGMは今年に入って仏ボロレロジスティクスの買収を完了した。今後はドイツ鉄道がDBシェンカーを売却する予定で、売却先候補として事業会社ではDSV、UPSに加えてマースクが浮上している。

 

引用至《日本海事報》2024年04月16日デイリー版1面

EPS、2元燃料船108隻に。環境投資を積極化

シンガポール船主イースタン・パシフィック・シッピング(EPS)が、LNG(液化天然ガス)燃料などに対応した2元燃料船への投資を積極化している。2元燃料船の発注実績は108隻に到達した。従来型燃料に比べて環境負荷の低い新燃料が使用できる2元燃料船を積極的に導入し、顧客の環境ニーズに対応する。

EPSは4日、2024年版のESG(環境・社会・企業統治)リポートを発行した。その中で同社の環境関連の投資実績などを公表した。

EPSは18年に、重油燃料とLNG燃料が使用できる世界初の2元燃料コンテナ船を発注。これを皮切りに、2元燃料船への投資を進め、発注実績を108隻まで積み上げた。

108隻の内訳はコンテナ船30隻、ドライバルク船27隻、ガス船22隻、タンカー11隻、自動車船18隻。

コンテナ船とタンカー、自動車船はいずれもLNG2元燃料船だ。ドライ船はLNG燃料のほか、アンモニア燃料に対応したニューカッスルマックス14隻が含まれる。

ガス船はLPG(液化石油ガス)、エタン、アンモニアの各燃料が焚(た)ける2元燃料船。アンモニア燃料大型アンモニア輸送船(VLAC)8隻を含む。

3月までにLNG燃料に対応した1万5000TEU型コンテナ船23隻や自動車船3隻、エタン2元燃料VLEC(大型エタン船)6隻など2元燃料船57隻が就航した。これらが寄与し、25年のGHG(温室効果ガス)排出削減目標を2年前倒しで達成した。

残り51隻は28年までに順次引き渡しを受ける。アンモニア2元燃料船の第1船は26年の就航を予定する。現在のEPSの保有船は253隻。80隻の発注残がある。

EPSは18年以降、海運の環境負荷を抑制するために15のグリーンプロジェクトへ総額26億ドル(約3930億円)を投資した。投資分野は2元燃料船、バイオ燃料、風力推進技術、炭素回収技術、航海最適化など多岐にわたる。

 

引用至《日本海事報》2024年04月08日デイリー版2面

2024年問題、規制的措置で変わるか。物流関連2法 改正案注目

物流危機が懸念される「2024年問題」に対応し、今国会で審議中の物流関連2法の改正案が注目を集めている。企業に広く物流効率化への努力義務を課し、特に大手の発着荷主と物流事業者を「特定事業者」として取り組みを義務付ける。荷主の生産や販売とコスト削減を支えるため、物流への負荷は増すばかりだった。しわ寄せを受けたのが現場のドライバーだ。法改正により、物流業界に変革は訪れるのか。

改正案を目にした大手メーカーの物流担当者は顔をしかめた。「トラック業界の過当競争は規制緩和が大きな要因だろう。そのツケが回ってきただけだ。商慣習がなかなか変わらないのは理解できるが、政府が市場原理を曲げようとしているようで釈然としない」

トラック運送の規制緩和は1990年に始まり、それ以前に4万社ほどだった運送事業者は6万数千社に増加した。供給過剰で値崩れが起こり、社会保険の未加入といった違反行為も横行した。一方で多品種・小ロット・短納期の取引が広がり、物流負荷が増していった。

現場のドライバーの労働条件は悪化し、労働時間は全産業平均より約2割長く、年間賃金は約1割低い状態になっている。倉庫などでの荷待ちも増え、荷役などのサービスも商慣習化した。

その構図の限界が見えてきた。4月からドライバーの時間外労働時間や拘束時間の上限が引き下げられる24年問題により、ドライバー不足が顕在化。NX総合研究所によると、対策を打たなければ24年には14・2%、30年には34・1%の輸送力が不足する可能性がある。

そこで政府がドライバーの待遇改善、物流生産性の向上と輸送力の引き上げに向けて打ち出したのが、物効法(流通業務総合効率化法)と貨物自動車運送事業法の改正だ。

物効法改正案のポイントは荷主の責任を明確化し、規制的措置を導入することにある。政府はこれまで社会的規制を強化し、法令や数々のガイドラインで改善を促したが、効果は限定的だった。物流事業者の立場は弱く、荷主の承諾がなければ商慣習を含めた抜本的な改善は難しい。識者は「荷主を動かすには強制的な力が必要だ」と解説する。

改正案では発荷主ばかりでなく、物流事業者と直接取引関係にない着荷主への規制的措置に踏み込んだ。特に貨物取扱量が一定規模以上の発着荷主を特定荷主として、物流効率化への中長期計画の作成や定期報告などを義務付け、ドライバーの荷待ち・荷役の削減、トラックの積載率向上などを促す。責任者として役員クラスの「物流統括管理者」(CLO)の選任も義務化する。違反すれば最高100万円の罰金を科すこともあり得る。

特定荷主としては、3000社程度の指定を想定。国内トラック運送貨物の半分程度に網をかけることになるという。

改正案に対して、物流事業者はおおむね歓迎するが、懸念されるのは改善のための負担が物流事業者側に偏ることだ。例えば、政府がガイドラインで定めたドライバーの荷待ち・荷役時間の合計を原則2時間以内に抑えるルール。ドライバーがサービスとして行っている荷役作業を倉庫側が引き受けても、対価を収受できる保証はない。また、荷主が荷待ち・荷役の実態把握のために運行データを収集しようにも、アナログな管理が主体の中小・零細事業者の負担は大きい。

■荷主に危機意識

物効法改正案の規制的措置は物流事業者も対象になる。保有車両台数200台以上の大手トラック事業者約400社、倉庫業界でシェア5割を占める100社程度が特定事業者の指定を受ける見通しで、CLOの選任を除いて荷主と同様の取り組みが義務付けられる。

加えて、政府は事業法の改正案にトラック事業者の取引に対する規制的措置を盛り込んだ。運送契約の締結には契約条件の明確化と書面交付を義務付ける。実運送事業者の適正運賃・料金の確保に向けて多重下請け構造を是正するため、元請け事業者には実運送事業者の名称などを記載した実運送体制管理簿の作成を義務化。一定規模以上の事業者150社程度へ下請けに出す行為の適正化に関する管理規定の作成、責任者の選任も義務付ける。一般事業者には適正化への努力義務を課す。

第一報を聞いた大手トラック会社の管理者は「直接取引のある下請けは管理できているが、その先は把握していない。今後の作業を思うと頭が痛い」と話し、「そのコストは誰が負担するのか。また、運賃を上げるにもドライバーの待機料や付帯作業料を払うにも荷主からの原資が必要だ」とつぶやいた。

業界全体で健全な価格転嫁の進展が期待されるが、別の大手の関係者は「大手から中堅は別として、時間外労働規制が強化されてもより多くの仕事を受けようと、ドライバーの労働時間をごまかす事業者がいてもおかしくない。荷主を含め、皆がルールを守らなければ法改正の意味がなくなる」と憂慮する。

これに対して、国土交通省は運送事業者への監査を強化する構えを見せる。「トラックGメン」も悪質な荷主や元請けに監視の目を光らせる。価格転嫁に関しては、政府挙げての対策も進む。

経済産業省の中野剛志物流企画室長は2月、政官民の会合で「(特定)荷主が(物効法に基づく)勧告などを受ければ、役員クラスのCLOの首が飛ぶことになる。これまでとは事情が異なり、各社危機感を持っていると聞いている」と発言した。

実際、大手メーカーの物流子会社関係者は「法令で定められるからには協力会社を含めてしっかり取り組む。本社と各工場の関連部門で連携し、対策を講じる」と話す。

別のメーカー関係者は「既に長距離トラックを中心に需給バランスが変わる兆しもある。『運べなくなる時代』に備え、『選ばれる荷主』を目指したい」と先を見据える。

 

 

引用至《日本海事報》2024年04月03日デイリー版1面

ボルティモア事故、保険金 最大40億ドルか。DBRS試算

米東岸ボルティモア港の大型連絡橋がコンテナ船の衝突により崩落した事故で、カナダの格付け会社モーニングスターDBRSは27日、「ボルティモア港の封鎖期間と事業中断補償の性質にもよるが、保険金支払総額が20億―40億ドル(約3000億―6000億円)に達する可能性がある」との試算を発表した。

モーニングスターDBRSは、今回の事故について「2012年のクルーズ船『コスタ・コンコルディア』事故の記録的な保険金支払額約15億ドルを上回る可能性がある」と指摘する。

ただ、「資本力のある保険会社や再保険会社が参画する大規模かつ多様なプールにより、保険業界は引き続き対応可能だろう」との見方を示す。

一方、同社のマネジングディレクターのマルコス・アルバレス氏は「紅海での武装組織フーシの商船攻撃により課題に直面する海上保険会社の苦境に拍車が掛かる。世界の海上保険料に上昇圧力を加えるだろう」と警鐘を鳴らす。

ボルティモア港は23年に800億ドル以上の貨物を取り扱い、米国最大級の自動車出荷港として年75万台をハンドリングしている。19―23年にかけての同港の寄港船はRORO船が最も多く31%を占め、続いてコンテナ船27%、バルカー24%、一般貨物船13%、タンカー6%となっている。

基本的に海難事故では、船主と契約関係にない第三者への賠償はP&I保険(船主責任保険)でカバーされ、賠償額は「船主責任制限条約」で限度額が定められることが多い。

さらに、米国には「リミテーションアクト」という独自の責任制限法が存在し、対象船の資産価値などを基に、賠償の限度額を設定する仕組みがあるようだ。

 

引用至《日本海事報》2024年03月29日デイリー版2面

(1)造船 危機が促す再編。5年で黄信号? 設計連携か

日本の海事・物流業界が、深刻さを増す人手不足に陸・海・空で挑んでいる。造船業は大幅な賃上げなどの対策を加速する一方、危機を引き金に再編機運が再燃。物流分野では港湾、空港、倉庫の各現場で、職場環境改善や生産性向上への取り組みが進む。海運は内航分野で船員の高齢化と働き方改革への対応が焦眉の急となり、外航各社は脱炭素化に向け新燃料船の船員育成を急ぐ。本紙では人材確保に向けた各業界の動きを連載で追う。第1回は造船業界。

「造船現場の人手不足は猛烈なスピードで進む。徐々に深刻化して10年後に難局を迎える、という悠長な話では決してない。直ちに手を打たなければ、5年以内に行き詰まる可能性すらある」

昨年末の自民党外国人労働者等特別委員会。人手不足の現状に関する各産業のヒアリングに、造船業を代表して参加した国内造船所の経営者が危機感をあらわにした。

一連の議論の中で例えば農業では、従事者数が2030年には、現在の約120万人から30万人近くまで激減する可能性が示されたという。平均年齢が70歳に達する現従事者のリタイアが急速に進む一方、15―64歳の生産年齢人口が減る中で新たな人材の確保は容易ではない。

造船所経営者が続ける。

「造船業もベテラン工員の退職が進み、若手の採用は難航している。平均年齢は農業よりはるかに低いが、基本的に同じ構図だ。今動かなければ早晩、同じ道をたどることになる」

ある日本造船所はこうした状況を反映し、自社の現在の建造能力を100とした場合、それを維持できるのはたったの5年先、29年までと想定。次の5年(30―34年)は「うまくいって80、下手をすれば70を切る水準まで落ち込む」と試算する。

別の造船所経営者が厳しい表情で同意する。

「十分あり得る。数字は各社で変わるが、同じ懸念を持っている」

■TSMCと競合

国内造船各社は、受注低迷で操業を落とした10年代後半の造船不況下で人材が流出した。

人手が戻らない中で造船所の再稼働が昨年あった北部九州や瀬戸内では、造船会社間の人材獲得競争が激化。

半導体世界大手・台湾積体電路製造(TSMC)の熊本の新工場など好条件の異業種との競合もあり、人員確保が特に難航している。

コロナ禍で大幅に減った外国人技能者も、円安の逆風もあり従来の陣容には戻っていない。

さらに現場を支える協力工が、大阪万博の建設関連など異業種の需要に引っ張られ、全国的に十分に確保できなくなりつつある。

「造船以外の製造業に人員を奪われている影響が足元では大きい」(国内造船所経営者)

北部九州に工場を構える複数の造船所関係者が名前を挙げるのが、半導体受託生産世界最大手のTSMCだ。

同社は熊本県菊陽町で24年末に巨大工場を本格稼働させる計画で、その立ち上げ人材の採用を進めている。

「TSMCは最新鋭工場の労働環境の良さをPRしつつ、破格の初任給28万円を提示し、優秀な学生の〝青田買い〟を行っている。その条件で若手が大量に採用されれば、地元産業は壊滅的なダメージを受ける。人材が集まらないどころか辞めていってしまう」(九州に工場を持つ造船所関係者)

造船大手の工場立地が集中する北部九州では、半導体産業の集積が加速。TSMCに限らず、造船現場から技術者が同産業に転職してしまう事例が複数社で出ている。

■月3万円賃上げ

造船所も手をこまねいていたわけではない。各社は人材確保へ踏み込んだ対策を進めている。

その柱が、従業員の給与の引き上げだ。

ある国内造船所の経営者が明かす。

「当社では22年度、全社員の給与を一律で月額3万円引き上げた。そのくらいやらないと造船業が、若者の就職先として検討の俎上(そじょう)にすら載らなくなる。以降、離職はピタリと止まった」

同社は今期も月額1万円規模のベースアップを検討しており、大卒初任給の目標額を最低25万円に設定。22年度には外国人技能者も6―7%昇給させ、協力会社の時間単価も引き上げた。

他の大手造船所もそろってほぼ同時期から大幅な賃上げに動いている。各社は給与の引き上げ、労働環境の改善、造船業の魅力発信を三本柱に対策を強化している。

■新分野が呼び水

「人手不足の深刻化が、日本造船所間の連携を促すのは確実だ。人員の手当てが難しくなる中で、艤装期間が長くなる新燃料船の建造が今後増えるなら、協調領域を増やすしかない」

造船各社とつながりが深い邦船関係者が鋭く指摘した。

人手不足という共通の危機を乗り切り、中国・韓国のメガヤードに対抗していくには、日本造船所のさらなる連携・再編が必要ではないか―。

国内造船所関係者の間で実際、こうした議論が熱を帯びている。

「少なくとも船型開発・船体設計については、日本造船業全体で集約を進めるべきだ。人手不足が加速する中、環境規制発効のたび、各社が設計人材と開発費用を投じ、類似のデザインを開発する従来のやり方では限界が来る」(国内造船所経営者)

中小型バルカーなど各社が主力として独自に技術・知見を蓄積している分野では、設計を共通化するハードルは高い。

一方、例えば液化CO2(二酸化炭素)輸送船や浮体式原子力発電バージなどの新規分野であれば、連携して標準船型を開発するメリットを各社が大きく得られる可能性がある。

新規分野での協業を呼び水に、日本造船所同士が設計分野で連携を探る。今、その機運が再び高まっている。

 

引用至《日本海事報》 2024年03月25日デイリー版1面

ホンジュラス、パナマ運河を陸路で代替。「ドライキャナル」構想に政府本腰

中米ホンジュラスで、パナマ運河を陸路で代替する「ドライキャナル」構想が加速しそうだ。昨年末、カストロ大統領が開発に本腰を入れると表明した。パナマ運河の混雑がアジア―欧米間の貿易停滞を招いていることから、米国政府なども協力を表明。日本も政府開発援助(ODA)や民間企業の参画による開発支援が視野に入る。同構想のキーマン、中原淳・駐ホンジュラス日本国大使に聞いた。

同構想は2010年代後半に立ち上がったもので、ルートは地図の通り。主に、アジアから欧米に向かうコンテナ貨物を、太平洋側に位置するアマパラ港でトレーラーに積み替えて陸路で北上。大西洋側のコルテス港で再びコンテナ船に積み込む構想だ。昨年12月にカストロ大統領が重要事業に位置付け、年初には開発に向けた特別委員会を立ち上げた。

JICA(国際協力機構)などの調査によれば、上海―米サバンナ間のコンテナ輸送でドライキャナルを利用した場合、混雑中のパナマ運河と比べて輸送日数を24日ほどに半減できる。コストは余計にかかるが、パナマ運河は混雑解消の手だてに乏しく、既に高騰している通航費がさらに上昇する可能性が高い。

地図で示したルートの9割方は完成済み。大西洋側のコルテス港はもともと、中米有数の港湾に数えられ、同国を縦断する約300キロメートルの幹線道路は21年末に完成して供用を開始している。太平洋側の近島・ティグレ島に整備するアマパラ港と、同島にアクセスする2キロメートルほどの橋の建設が残る。21年の政権交代後、構想全体が滞っていた。

■米など強力支援

ホンジュラス現政権に近い中原大使は、「ドライキャナルは前政権の政策のため、現政府が積極的に進めづらかったが、パナマ運河の混雑悪化で潮目が変わった。米国が本気で支援に乗り出そうとしていることも大きい」と説明する。既に米国や韓国、スペインが数億円単位の調査費の拠出を表明しているほか、近年、関係が近づく中国も触手を伸ばす。米国は南北を縦断する鉄道の敷設計画もほのめかしている。

中原大使は元国土交通省のキャリア官僚として国土政策局長などを歴任。21年からホンジュラスに大使として駐在し、ドライキャナル構想の再開を現政府に働き掛けてきた。豊富な法整備の経験から道路行政に明るく、実質的な筆頭閣僚で大統領の長男、エクトル・セラヤ秘書官の信頼が厚い。「パナマ運河の混雑は、日本をはじめアジア貿易の成長にとっても深刻な懸念材料だ。日本政府もバックアップしてくれている」(中原大使)

中原氏は、港湾や橋梁の開発は早ければ3年後にも着手し、10年以内の供用開始を見込む。アマパラ港が位置するフォンセカ湾は水深が深く、大型コンテナ船が接岸できる水深20メートル級の港湾を開発できる点も強みだ。米大陸は大深水港が少なく、コンテナ船の大型化への対応が遅れている。

港湾・橋梁の開発には1000億円ほどかかると見られ、各国政府の支援と民間資金を組み合わせた開発が想定される。「特に橋梁建設では日本企業の技術が生きる。コンセッション(民間への運営委託)方式などで民間企業が投資回収しやすい仕組み作りを促していく。完成後に日本の船社や物流会社が利用しやすいよう、一定の発言権を持つためにも日本の官民の投資が必要だ」(中原氏)

 

引用至《日本海事報》2024年03月21日デイリー版1面

BIMCO事務総長兼CEO デビッド・ルースリー氏。解撤条約発効、矛盾解決を

紅海におけるイエメンの親イラン武装組織フーシ派による船舶攻撃で航路変更を余儀なくされるなど、混乱する海上輸送。一方、2050年カーボンニュートラル実現に向け、環境規制の動向についても注目が集まる。転換期にある業界の課題と展望について、国際海運団体BIMCO(ボルチック国際海運協議会)のデビッド・ルースリー事務総長兼CEO(最高経営責任者)に聞いた。(聞き手 神頭久)

――紅海危機により、緊迫状況が続く。

「昨年12月と今年1月に、フーシ派による商船への攻撃に対し非難声明を出した。2月には拘束されている船員の解放を求める声明を発表した。船員の安全が脅かされ、海上貿易が混乱している。船員と国際海運を守るためにこの地域に軍艦を派遣する国々に感謝するとともに、脅威緩和へのあらゆる対策を支持する」

――BIMCOは用船契約書の標準書式において戦争危険条項の「VOYWAR」と「CONWARTIME」の改定を計画している。

「VOYWARとCONWARTIMEの最終更新は13年だが、これらが目的に適合しているかを確認するための分科会を設立し、更新の必要な箇所について検討している。今月開催されるBIMCO文書委員会(DC)では、これらが議題となる予定だ。分科会の修正案をDCで議論し、今秋または来春ごろに新しい条項を発表する予定だ」

■EU域外にも必要

――シップリサイクル条約が25年6月から発効する。EU(欧州連合)が承認する解撤ヤードのリストだけで需要を満たせるか。

「22年10月にわれわれが発表した、解撤ヤードのリストに関する報告書では、これらの施設だけでは需要に対応するためのキャパシティーを満たせないと示した。基準を満たすEU域外のヤードを追加する方向にシフトする必要がある。解撤場所が集まるインド、バングラデシュ、パキスタンなどのヤードはまだEUのリストに含まれていないが、これらの多くのヤードが改善に向けて多大な努力をしている」

「同条約の発効は、シップリサイクル産業にとって新たな時代の幕開けとなる。同条約とバーゼル条約間の法的矛盾が、この歴史的な機会を妨げてはならない。われわれは第81回海洋環境保護委員会(MEPC81)に先立ち、国際海事機関(IMO)に対し、これらの解決を求める文書を提出した。条約間の矛盾は、船主、解撤ヤード、船舶に重大な影響を及ぼす」

■最初の格付け注視

――CII(燃費実績格付け制度)へのレビュー・グループが設置された。寄せられたフィードバックは。

「レビュー・グループで二つのアンケートを実施した。現在、多くの関係者は、EU排出量取引制度(EU―ETS)の実務的・商業的な体制を整えることに専念しているようだ。第1回調査の結果、定期用船契約用CII条項は、さまざまな度合いで受け入れられていることが明らかになった。CIIに関する交渉の出発点として役立っており、一部の用船契約では修正の有無にかかわらず合意されている。用船者と船主のコンセンサスを得ることは、規制の枠組み上容易ではないが、春には最初の格付けが発表されるため、引き続き注視する」

――船舶からの水中放射騒音(URN)へのIMOのガイドラインについて。

「われわれは最近、サウサンプトン大学が実施したURNの研究の論文に、ICS(国際海運会議所)、INTERTANKO(国際独立タンカー船主協会)、IPTA(国際区画タンカー協会)と協賛した。論文では、URNレベルを下げる潜在的要因として、エネルギー効率対策を挙げている。このため脱炭素化は、水中の騒音レベルを大幅に減少することに寄与する可能性がある。船舶により優れた技術を導入するとともに、分析力とデータの可用性を高め、運航速度を下げることでURNが改善することが期待されている」

――海事法や契約への独自の研修プログラムについて。

「今後数年間で、われわれは日本を含むアジアでのトレーニングを拡大していく。地域のオフィスから直接トレーニングセッションを実施することができるよう、新たなパートナーシップを構築する。オンライントレーニングの受け入れが拡大していることで、アジアのさまざまな国や日本からも参加者が集まっている。オンライントレーニングは、これらを提供するために実用的な方法であると考えている」

――業界関係者へ向けたメッセージは。

「世界の業界関係者には、運航の効率化に対し可能な限り早急な対策を講じることを望む。脱炭素化を目指す上で、効率の向上はGHG(温室効果ガス)排出量を滞りなく削減できる。これまでの速く航走し目的港近辺で待機する『Sail Fast, Then Wait(SFTW)』という一般商船の慣習を見直し、航海計画を改善するための海事シングルウインドーの導入を推奨する。船舶の目的地到着の最適日時を通知する統合システム『ブルー・ビスビー・ソリューション』では排出量を15%削減できる」

「国際海運は、GHG排出量を40年までに70%以上削減し、50年にはネットゼロを達成するという課題に直面している。早急な排出量削減に向け、効率化を加速させる必要があり、われわれはこれを支援する。効率化により、海運業界は足元でのメリットだけでなく、より高価な代替燃料に移行された将来、大きな報いを受けることができるだろう」

 

 

引用至《日本海事報》2024年03月18日デイリー版1面

マースクゼロカーボンシッピング研究所CTO トーベン・ノルガールド氏、代替燃料 LCAで評価を

日本企業を含む海運業界の主要プレーヤーが参画するマースクゼロカーボンシッピング研究所(MMMCZCS)は代替燃料などの研究開発を通じ、海運業界の脱炭素化に取り組んでいる。13―15日の3日間、シンガポールで開催される国際海事展「アジア・パシフィック・マリタイム」(APM)では、MMMCZCSのトーベン・ノルガールド最高技術責任者(CTO)が基調パネルに登壇。海運業界のネットゼロ達成に向けて議論を行う予定だ。ノルガールドCTOに話を聞いた。(神頭久)

■代替燃料の課題
 ――船舶の脱炭素における代替燃料について。それぞれのメリットと課題は。

 「現在、船舶向けの代替燃料はアンモニア、メタン、メタノール、バイオ燃料などだ。メタンはLNG(液化天然ガス)のインフラが使用できる点で素晴らしい選択肢だが、温室効果が高いメタンスリップ(未燃焼メタンの漏えい排出)は考慮すべき点だ」

 「メタノールは、技術面での利用可能性が高く、準備も進み、導入することは容易だ。下流への投資は進む一方、上流への投資を集めることが課題だ」

 「アンモニアは上流への投資が成熟しつつある。船舶での導入には下流への投資が必要だ。新たな設計、エンジン、乗組員の訓練、船舶への新しい安全基準が必要だ」

 「バイオ燃料は、重油と同じインフラで導入でき、費用対効果に優れるが、長期的かつ持続可能な生産への準備が課題だ。廃棄物や残留物を原料とする第2世代のバイオ燃料が求められている。これには高温ガス化の技術が必要だが、商業利用可能な規模のものはない。これらの技術が市場に参入するには、時間がかかりそうだ」

 「これらの代替燃料では、完全な脱炭素化のために市場全体をカバーすることができず、全て並行して稼働する必要があると考える」

■業界標準が必要
 ――海運業界での代替燃料のLCA(ライフサイクルアセスメント)を標準化することの重要性は。

 「LCAの方法論は、(船舶での消費時・輸送時だけでなく)燃料の生産、消費、輸送、取り扱いに関連するGHG(温室効果ガス)排出を網羅するバリューチェーン全体への評価を確立することだ。さまざまな燃料経路(Fuel Pathway、原料、生産工程・燃料の種類など)にまたがるLCAにより、排出量の観点から、完全な燃料および燃料経路を、そうでないものと区別することができる」

■漏えい排出考慮
 ――LCAへのMMMCZCS独自のアプローチについて。IMO(国際海事機関)が定めたガイドラインとの関係は。

 「MMMCZCSのLCAでは、漏えい排出の要素を考慮する。燃焼に伴う排出ではなく、プロセス全体を通しての漏出だ。メタンを低排出燃料として機能させるためには、LCAにおいてメタンスリップをどのように考慮するかを検討し、これらに関する健全な運用原則を確立する必要がある」

 「われわれのLCAの手法は、一般的な算定原則を使用する他の基準と同等だが、海運特有の要件に焦点を当て、IMOのガイドラインが実装する内容に幾つかの条件を追加している。漏えい排出の分野と個々の燃料経路について、より踏み込む。われわれの方法論は、5―10年の視点で学習を成熟させるため、IMOのガイドラインの開発ビジョンと見ることができる」

 ――25年1月発効予定のFuelEU Maritimeに関して、国際海運の準備状況と課題は。

 「この規制の具体的に実施についてはまだ多くの学習が必要だ。代替燃料の普及を促すため、罰金制度を含めた燃料基準の施行が開始される。ペナルティーが課されることもあるが、投資と移行を促進する賢明な手段として、われわれはそれを前向きに捉えている」

 「APMでは、海事産業へのカーボンニュートラル移行に向け、世界的な合意や排出基準などに加え、これらの規制の潜在的な影響について議論する予定だ」

■「全体知識」統合
 ――MMMCZCSに参画するメリットは。

 「当センターとの提携により、業界の最前線でカーボンニュートラルへの移行を加速できる。われわれはバリューチェーンにおける24社の戦略的パートナーを擁する。パートナーとは非常にユニークな方法で提携し、われわれが財団からの助成金に基づいた独自のリソースを展開することができる一方、戦略的パートナーは機密情報やデータにアクセスできる」

 「各パートナーのスペシャリストが当センターに出向し、われわれの教育下で業務を行うことで、燃料生産、輸送、港湾、燃料補給、荷主、船級協会に至るバリューチェーン全体の知識を統合する能力が得られる」

 「当センターはこれらの出向者を、脱炭素化への移行を促進するリーダーとしてそれぞれの組織に戻すことが脱炭素化を推進するための重要な要素であると考える」

■日本の役割期待
 ――日本のパートナーや協力者に向けて。

 「日本が海運の脱炭素推進に重要な役割を果たすのは素晴らしいことだ。セクターの相乗効果に着目すると、日本の海事産業のみならず、日本の社会全体が地元の発電所産業を通じたアンモニア利用を推進していることが分かる」

 「アンモニア燃料の輸送レーンとして機能する最初のグリーン海運回廊を確立することは、海事産業にとって主要な焦点の一つになるだろう。燃料としてのアンモニアの実証だけでなく、シンガポールのように、これらの燃料や輸送の将来的な中心地として機能することを期待する」

引用至《日本海事報》2024年03月12日 デイリー版1面

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